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2016/03/31(木)

つくるビルゼミコラム vol.19 失われた場を求めて

つくるビルゼミコラム vol.19 失われた場を求めて
平田剛志


 「さよならだけが人生だ」の言葉もある通り、人は過ぎて行く時間のなかで多くの別れを経験します。しかし、「さよなら」は人間関係だけではありません。場所においても同じでしょう。
 2011年3月11日の東日本大震災では多くの「場所」が失われました。と同時に人々の精神的な「場」も失われました。場所が、風景が変わるとき、人もまた変わらざるをえません。人が生きるとは、場を生きることであり、場をつくることなのかもしれません。
 また、「場」の喪失は、大震災などの天災や災害などではなくても、失われていきます。誰しも、時代を生きた場所があり、場所を生きた時代があるとすれば、その「場」とはどのような場所なのでしょうか。

 つくるビルゼミ最終講義となった3月は、「失われた場を求めて」と題して、かつてあった(過ごした)「場(所)」、今は失われた「場(所)」について思いをめぐらすことで、最後のゼミの「場」を過ごすこととしました。

 参加者の方からあがったのは、神奈川県立近代美術館鎌倉館、東急文化会館(現・渋谷ヒカリエ)、東急東横線・旧渋谷駅、ギャラリーはねうさぎ、ギャラリー・ココ、Gallery near、京都タワー、塩飽諸島、京都成安高等学校(現・京都産業大学附属中学校・高等学校)、新風館などでした。京都タワーはまだ現存していますが、テナントやタワー内の施設・設備・内装リニューアルなどにより今は失われた「場」があるため選ばれました。塩飽諸島ももちろん現存していますが、過疎化が進み、地域が失われつつある「場」のため選ばれました。

 各場所の選出理由については、個人的なエピソードや個人史を含むため、本稿では立ち入りませんが、これら「失われた場」のエピソードからわかったことは2つありました。
 ひとつは、ある時代を過ごした場所であるということでした。通勤通学で利用した場所、高校時代を過ごした場所、アルバイトとしてある期間働いた場所、祖先が生きてきた場所など、どれも人の生きた時代と場所が密接に関わっていることでした。ただし、人と違って、場所はなくなっても土地は残ります。その同じ場所に異なる建物や施設が建てられ、新たな人と時代の関係性は結ばれていきます。昔よく行った場所だからこそ気になったり、あるいは、避けたりするのもまた場がもつ力なのでしょうか。

 2つ目は、人との出会いの場所であり、人との思い出と結びついていることでした。場には「種」のようなものを交感・交配する機能があります。アルバイトや展覧会に誘われたり、勉強やサークル活動などに傾注したり、場を通じて、人は人と出会い、新たな活動へと歩み出すのでした。もちろん広い意味では、映画館や美術館、ギャラリーは作品と出会う場です。ときに人はその場所で得た「種子」を継承し、異なる人や場所へと受け継いでいくのです。

 今回、「失われた場」として挙がった場所は今はすでに失われたか、失われつつ場所でした。しかし、正確には「失われた場所」ではないのかもしれません。なぜなら、「失われた場所」の理由が言葉によって語られ、記憶され、あるいはネットや書籍などのなかで記録として残っているからです。ある場所があったということ、そこであったこと、過ごしたことを忘れないためのひとつの方法は言葉にすることです。言葉になることで、場は歴史化され、記憶されていきます。映像や写真では場の情報は残りますが、その場の経験は残りません。画像に言葉が添えられることで、場が人に与えた影響や関係性を伝えることができるのです。それはまた展覧会での美術作品との出会いにおいても同じでしょう。場所や作品、人との出会いが失われないよう、例え小さくても、言葉にしていきたいと思います。

 毎月1回夜間だけ開講されたつくるビルゼミという「場所」もまた、人々が集うささやかな「場」でした。これまでゼミに参加して頂きました皆さま、ご注目を頂きました皆さま、つくるビル入居者の皆さま、つくるビル事務局に心よりお礼申し上げます。このゼミがどのような成果を残したかは、本ゼミを受講したゼミ生の方々の未来を待ちたいと思います。皆さんの未来に、このゼミで受講したことが少しでもお役に立つことがあれば、これほど幸福なことはありません。ひとまずの「さよなら」ではありますが、またどこかでお会いしましょう。またお話しましょう。
 今回をもちまして本コラムは最終回となります。最後までお読み頂きどうもありがとうございました。


「幸福が遠すぎたら」寺山修司


さよならだけが人生ならば また来る春は何だろう
はるかなはるかな地の果てに 咲いている野の百合何だろう
さよならだけが人生ならば めぐり会う日は何だろう
やさしいやさしい夕焼と ふたりの愛は何だろう
さよならだけが人生ならば 建てた我が家はなんだろう
さみしいさみしい平原に ともす灯りは何だろう
さよならだけが 人生ならば
人生なんか いりません。