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2015/10/10(土)

つくるビルゼミコラム vol.13 美術夜話 第一夜「ライフ=ワーク」

美術夜話 第一夜 「被爆70周年 ヒロシマを見つめる三部作 第1部 ライフ=ワーク」
平田剛志

 つくるビルゼミでは9月より「美術夜話」と題して毎回、新旧ひとつの展覧会を取り上げ、参加者とともに広く深く、美術について対話をするスタディ・プログラムとしてリニューアルしました。第1回目となる9月は、広島市現代美術館にて開催された「ライフ=ワーク 被爆70周年:ヒロシマを見つめる三部作 第1部」を取り上げました。

 「ライフ=ワーク」展は、広島市現代美術館が被爆70周年に合わせて開催する「ヒロシマを見つめる三部作」の第一部です。展覧会は、広島の被爆者の方々が実体験をもとに描いた「原爆の絵」から始まり、作家自身の体験、生活、人生が反映した13作家の作品によって構成されています。生死に結びついた出来事やトラウマを経験したとき、人はどのような作品を生み出してきたのか、あるいは、そのような歴史・過去とどのように向き合い、作品を生み出しているのか問う作品が並びます。

 ところで、ライフワークとは何でしょうか。「ライフワーク」とは、人生をかけてする仕事、畢生の事業を意味する言葉です。用例としては、アーティストが長年かけて取り組んだ作品や連作などに対して「ライフワーク」の言葉が使われます。一方、本展では「ライフ=ワーク」と「=(イコール)」を挿入することで、「ライフ」と「ワーク」が密接に結びついた作品を意味するのが特徴です。

 近年、労働観や職業観において「ライフワークバランス」という言葉が言われるように、「ライフ」と「ワーク」を切り離し、それぞれバランスを保つことが望ましいとされます。しかし、芸術作品の場合は「ワーク」の源泉が「ライフ」にあることもしばしばで、なかなか両者を切り離すのは難しいものです。なかでも戦争や被爆体験などは言うまでもないでしょう。

 2015年は戦後70年の筋目ということもあり、各地の美術館・博物館で戦争や原爆などをテーマとした展覧会が開催されています。その中でも、本展は被爆というテーマを掲げ、美術家だけでなく、被爆者による「原爆の絵」、美術教育を受けていない人々の作品も含まれ、いわゆる美術作家による戦争展とは内容が異なります。

 印象深い展示作品は多々ありましたが、なにより展覧会冒頭に位置する「原爆の絵」は圧倒的です。被爆当事者である市井の人々が描く原爆の惨状は、言葉を失うほど壮絶なものでした。絵画として見れば、それらの作品は稚拙と感じられる表現かもしれません。しかし、これらの「絵」を見たとき、作品を見させるものは、技術だけではないことを思い知らされるのです。見てしまったもの、経験したことの重さをどのように絵で表現するのか、見た者でしか描けない、技術(ワーク)を越えた生(ライフ)の記録がここにはありました。
 絵を描く行為は、写真と異なり、当然ながら事後的にしか行えません。つまり、絵を描くとは、再び「経験」を思い返すことでもあるのです。描かれた経験の重さだけでなく、絵を描くことで、再びあの経験を反芻すること、「絵を描くこと」の重たさにただただ沈思黙考しました。

 最後につくるビルゼミ参加者に「ライフ=ワーク」はありますかと聞いてみました。ギャラリーを回って展覧会を見ること、朝起きて体重計で体重を計ること、毎日アトリエに行くこと、ドローイングする、などなど何気ない毎日で決まってすること、長年続けていることが多々挙がりました。どれも癖や習慣、趣味嗜好といえるものですが、ひとたび見方を変えれば、それもまた「ライフ=ワーク」ではないでしょうか。あるいは、アートとともに生きていくことそのものが「ライフ=ワーク」なのかもしれません。